こぼれ話

箱根旧街道に伝わる昔話

箱根峠をはじめ東海道の各峠には多くの伝説や民話が残っています。薩た峠には『親知らず子知らず』という民話、宇津の峠には旅人を苦しめた鬼を退治したことを伝える『十団子の由来』、日坂峠には道半ばで力尽きてしまった妊婦がその死後に赤ん坊を生んだという『夜泣石』の伝説があります。

徒歩で峠を越えなければならない苦しみに加えて、峠は人の命を脅かす者がいる場所としてかつての人々に意識されていたようです。

その中でも『天下の険』と謳われ、その険しさが広く知られている箱根峠。江戸時代に幕府が本格的に街道を整備する前は、膝の下まで埋もれてしまう沼地のような道を進まねばならなかったと言います。

幸い現在は街道が整えられ、気軽に石畳の上を歩くことができますが、当時の時代背景や物語を知るとただ歩くだけでは叶わない想像の世界を広げることが出来るかもしれません。

そんな想像の一助として、箱根にまつわるお話を二つご紹介します。

箱根山の天邪鬼(あまのじゃく)

昔むかしのこと。箱根の山に、うっかり天から落っこちてきた天邪鬼(あまのじゃく)という者が住んでたそうな。天邪鬼はものすごい怪力だったが、なぜかその力が出るのは夜の間だけだった。

ある晴れた日、天邪鬼は箱根の山の頂に立って、周りをグルリと見渡した。
「おう、今日は遠くの山までよく見えるのう。だが、わしの箱根山が一番いい山じゃ!」

天邪鬼は上機嫌だったが、ふと西の方を眺めた途端、さっと顔色を変えた。箱根山の西の雲の間からは、日本一の富士山が、その雄大で美しい姿をたたえていたからだ。

「ううむ、富士はやはり綺麗な山じゃのう。背たけも高くて、人々が朝に夕に手を合わせる気持ちもわかるわい。」
天邪鬼は、ウットリと富士山を眺めていたが、やがて悔しそうに喚きはじめた。
「だめだ、だめだ!富士がいるおかげで、わしの箱根山の美しさがかすんでしまう。人間どもは箱根に尻(しり)を向けて富士ばかり見ておる。なんとかしなくては…」

天邪鬼はしばらく腕を組んで考えていたが、やがて良案を思いついた。なんと、富士山のてっぺんの岩を海へ投げすててしまい、その背たけを低くしてやろうというのだ。

箱根山の天邪鬼

その夜、人々が寝静まってから天邪鬼はもっこ(土を運ぶ道具)をかついで、エッチラオッチラと富士山に登った。そして、てっぺんの岩をつかむともっこに入れて、富士山を下りて海岸から海をめがけて投げ込んだ。天邪鬼は、それからも毎晩富士山に出かけては、てっぺんの岩を海に投げ込み続けた。

天邪鬼があんまりたくさんの岩をなげこんだので、海にはいくつもの島ができた。それが、大島、利島、新島、式根、島神、津島、三宅島、御蔵島の伊豆七島になった。そして、投げ損なって近くに落ちたのが、初島になった。

しかし、これだけの岩をとられても、富士山の背たけは、まだまだ日本一だった。
「くそ!今夜は、思いっきりたくさんの岩を運んでやる!」
天邪鬼はそう言うと、その晩も富士山に出かけて行った。だがこの夜は、いつもよりも大きな岩をはがしたので、ずいぶんと時間がかかってしまった。

そして富士山を下りて箱根あたりを通りかかったところで、一番鳥が「コケコッコー!」と、鳴いた。
「しまった。夜が明けてしまっては、わしの力がなくなってしまう!」
天邪鬼は、もっこの中の岩をぶちまけると、急いで箱根の山に逃げ帰った。

その日、おてんとうさまが高く上ると、箱根の山の下に、おわんをふせたような形の山が二つできてた。これが、天邪鬼が逃げたときにぶんなげた岩で、今も二子山(ふたごやま)とよばれている山だ。

さて、天邪鬼じゃが、これにこりたのか、もう二度と富士山には行かなかったということだ。

狐とイリヤの婆さん

むかし、箱根山裾にある夏梅木の集落から少し離れたところに「イリヤ」と呼ばれる1軒の農家があった。この家のばあさんはとても働き者で、毎晩タ食を済ますと、縄をなって夜なべをしていた。

ある日のこと、裏山へ出掛けたばあさんは、怪我をしてうずくまっている1匹の狐を見つけた。
「かわいそうに痛かろう。さあ手当をしてあげるよ。」
と言って、やさしく手当てをしてやり、そばに油揚げと水を置いて帰った。

それから何日かたったある日のこと。ばあさんがいつものように縄ないの仕事をしていると、縁の下で縄を引っぱる者がいる。驚いたばあさんが、明かりをかざして縄の先を見ると、何と、暗やみの中に二つの鋭い目玉が光っているではないか。
「これはきっと狐のしわざじゃろ。悪さはしないようじゃで、追い払うこともなかろ。」
と言って仕事を続けていると、また縄を引っ張る。ところが、こうして縄を引っ張ってもらうと、仕上げた縄がからみつかないので大助かり。ばあさんの仕事は大変はかどった。

あくる晩も、また次の晩も、毎晩のようにやって来ては縄を引っ張ってくれたので、ばあさんは大変助かりました。でも心優しいばあさんは、狐も大変だろうと思い
「ありがとうよ。でも、毎晩でなくてもいいからね。」
と声をかけました。すると、それからはばあさんが声をかけたときだけ来て、縄を引っ張るようになった。お陰でばあさんの仕事はとてもはかどり、大変楽ができたということだ。

狐とイリヤの婆さん

むかし話と街道

この二つの話は、ユーモアがあったり、優しい気持ちになれるような内容です。しかし前述のように街道、特に峠においては非常に悲しい話が多く残されています。

峠道の過酷さを伝える話を反芻しながら街道を登り続けると、甘酒茶屋にたどり着いた時の心強さと喜びもひとしおです。みなさんもご機会があれば、ぜひ箱根を訪れて旧街道を歩いてみてください。