こぼれ話

江戸時代の温泉旅行

現代でも全国各地に、大名や将軍が湯治したと伝えられる温泉地が多く残っています。中でも武田信玄や真田幸村の隠し湯、豊臣秀吉ゆかりの有馬温泉などは特に有名です。また、そういった戦国武将だけでなく、江戸時代においても各地の大名や将軍が湯治をしていたのは良く知られています。

しかし、江戸時代には一般庶民の間でも温泉旅行が大人気で、箱根七湯をめぐる講中(ツアーグループ)まで組まれていたことはあまり知られてはいないのではないでしょうか。

とはいえ江戸時代に庶民が旅行といっても想像しがたいものがあります。それは関所破りが重罪であることが時代劇などを通じてよく知られており、関所を越えることは困難な事だという印象があるからでしょう。

しかし、そんな時代でも『通行手形』さえあれば各地を自由に旅行できたことも、また良く知られる所です。それではその通行手形とはどのように発行されるものだったのでしょうか。当時、人々は自由に通行手形を入手することはできていたのでしょうか。

旅行に必要だった通行手形

江戸時代において、何らかの理由により人々が越藩して旅行をしたいと考えた場合、通行手形の発行をそれぞれの身分に合わせて依頼することになっていました。

武士の場合は藩庁に、農民の場合は村役人か菩提寺、町民の場合は町役人か菩提寺に発行を依頼しました。もちろん依頼をすれば必ず手形が発行されるというものではなく、その発行条件は非常に厳しいものでしたが、実は無条件に許された名目もありました。それがあの有名なお伊勢参りなのです。

伊勢神宮以外にも日光東照宮参拝や善光寺参拝など、有名寺社への参拝は大概許されていたようで、人々がその道中に温泉地に宿泊するのは定番だったようです。

さらに『湯治願い』を出して、庶民が温泉行きの許可を受けることも多かったらしく、彼らが好んで温泉地へ旅行していたことは多くの史料から鑑みることが出来ます。また、その際の一般的な湯治期間は約3週間であったことも記録されています。

そのように大名だけでなく庶民にも人気の高かった温泉旅行ですが、江戸中期に発行された史料のひとつにその人気ぶりを表すとても面白いものがあります。

江戸時代の温泉番付

それが『温泉番付』です。これには江戸時代における100ヶ所近くの温泉地とその効能、江戸日本橋からの距離が記されています。この史料から、江戸中期にはそれぞれの温泉地がすでに湯治場としての機能を備えていたことが窺えるのです。

さらに江戸後期に入ると、全国の庶民の中で湯治を兼ねた旅行が大ブームとなり、各地の温泉地は客寄せのために温泉の効能や霊験を盛んに謳い、温泉番付や温泉案内書が盛んに出版されるようになりました。

その中でも箱根は特に江戸庶民のあいだで気楽な行楽地として人気があったようで、大山詣を理由にした講中が七湯巡りに訪れていたという記録も残っているほどです。

江戸寛政年間発行 『温泉番付』
西 番付
摂州 有馬の湯 大関 上州 草津の湯
但州 城之崎の湯 関脇 野州 那須の湯
予州 道後の湯 小結 秋田 小鹿嶋の湯
加州 山中の湯 前頭1 上州 伊香保の湯
肥後 阿蘇の湯 前頭2 豆州 湯川原の湯
豊後 濱脇の湯 前頭3 相州 足の湯
肥前 温泉の湯 前頭4 陸奥 嶽の湯
薩州 霧嶋の湯 前頭5 最上 高湯の湯
豊後 別府の湯 前頭6 仙臺 成子の湯
肥後 山家の湯 前頭7 信州 諏訪の湯
濃州 下良の湯 前頭8 津軽 嶽の湯
上州 四万の湯 前頭9 相州 湯元の湯
能州 底倉の湯 前頭10 豆州 小名の湯
備中 長府の湯 前頭11 信州 渋の湯
藝州 硫黄の湯 前頭12 會津 天仁寺の湯
紀州 田邊の湯 前頭13 越後 松之山の湯
但州 湯川原の湯 前頭14 南部 恐山の湯
藝州 川治の湯 前頭15 庄内 田川の湯
紀州 大世知の湯 前頭16 岩城 湯元の湯
加州 白山の湯 前頭17 米沢 赤湯の湯
伯州 徒見の湯 前頭18 下野 中禅寺の湯
出典: 松田忠徳著 『江戸の温泉学』 新潮選書(2007/05/25)

古今変わらぬ温泉の魅力

江戸時代から広く庶民に人気のあった温泉旅行。現在でこそ私たちは新幹線や自動車であっという間に温泉へ行けてしまいますが、当時の人々はその道中でどんなに心を躍らせていたことでしょうか。

きっと多くの湯治客で賑わう温泉宿では、様々な場所から訪れた人々が寄り添い、湯につかりながら、食事をしながら、夜が更けるまでお互いの土地の話や身の上話に花を咲かせたことでしょう。

遥か遠い場所。あたたかい温泉。土地の名物料理。そして見知らぬ人との出会い。そういったものを含めて温泉旅行の魅力であり、時代が変わっても衰えない人気の秘訣はそこにあるのではないでしょうか。