
1831年イギリス・ヨークシャーの牧師の長女として生まれました。
当時としては大変珍しい女性旅行家として、世界中を旅して多くの紀行文を残しています。
バードが日本を訪れたのは1878年のこと。
6月から9月の夏季を選び、北日本を旅しました。
また、10月からは神戸・京都・伊勢・大阪など西日本を訪れています。
彼女にとって初めてのアジア地域での旅でしたが、日本人に対しては礼儀正しさや治安の良さに関する記述が多く見られます。
『日本奥地紀行』には次のような表記さえ見られます。
(48項)
私はそれから奥地や北海道を1200マイルにわたって旅をしたが、まったく安全で、しかも心配もなかった。
世界中で日本ほど、婦人が危険にも無作法な目にも遭わず、まったく安全に旅行できる国はないと私は信じている。
また、当時の日本人の親切について、以下のような記述もあります。
(117頁)
ほんの昨日のことであったが、革帯が一つ紛失していた。
もう暗くなっていたが、その馬子はそれを探しに一里も戻った。
彼にその骨折賃として何銭かあげようとしたが、彼は旅の終りまで無事届けるのが当然の責任だ、と言って、
どうしてもお金を受けとらなかった。
(148頁)
家の女たちは私が暑くて困っているのを見て、うやうやしく団扇を持ってきて丸一時間も私を扇いでくれた。
料金をたずねると、『少しもいらない』と言い、どうしても受けとらなかった。
彼らは『今まで外国人を見たこともなく、少しでもお金を取るようなことがあったら恥ずべきことだ』と言った。
(249頁)
しばらくの間馬をひいて行くと、鹿皮を積んだ駄馬の列を連れて来る二人の日本人に会った。
彼らは鞍を元通りに上げてくれたばかりでなく、私がまた馬に乗るとき鐙をおさえてくれ、そして私が立ち去るとき丁寧におじぎをした。
このように礼儀正しく心のやさしい人びとに対し、誰でもきっと好感をもつにちがいない。
しかし、そのように良い部分の描写だけでなく、山村の貧困や、貧民の生活水準の低さについても言及されています。
19世紀を生きたイギリス人女性が見た日本の姿。
2世紀後の時代を生きる私たちの視点とをあわせると、大変興味深く読むことができます。