こぼれ話

砂糖の歴史

甘露七福神のあんみつや佐野さんの餡子の話の作業をしつつ、ふと調べたいと思ったのが「甘味の歴史」。それで早速、あんみつやみつ豆はいつ生まれた、甘味処っていつ頃からあるのかなど調べ始めたのですが…

インターネットで調べ始めると、思っていたより深い歴史があったのが甘味やお菓子に欠かせない「砂糖」。砂糖の白くて甘いイメージと違うので、楽しく思わない方もいるかもしれませんが、少し語らせてください。

砂糖とハチミツ

人類が食べていた一番古い甘味はハチミツだそうです。スペイン地方、紀元前約6000年の壁画には、蜂に狙われながら蜂蜜を採っている人の絵。また、トルコの洞窟でも、ミツバチを飼って養蜂でハチミツを取っている跡が残っているそうです。

TVのドキュメンタリーで見かけた方も多いと思いますが、ハチミツを取るのって危険そうだと思いませんか。蜂に刺されると、アナフィラキーショックと呼ばれるアレルギー反応が起こり、人によってはこれで呼吸困難や意識障害で命が危なくなるほど。その危険を冒しても、ハチミツを取ろうとする人が古くからいたのに、ただただ関心するばかりです。 それだけ、甘味というものの誘惑が高かったという証拠でもあるのでしょうね。

ちなみに、一匹のミツバチが一生涯集める蜜はスプーン一杯程度。今の養蜂のように巣箱や蜂の数を調整するのではなく、自然の蜂の巣からハチミツを採取する場合の量は微々たるものではなかったのでしょうか。

そんな理由で、ハチミツは王族や貴族など、一部の人達の嗜好品でした。

砂糖の登場

砂糖が世界に登場し、広まり始めるのは紀元前334年、アレクサンダー大王のインド遠征にて。「インドには蜂の力を借りずに蜜の取れる葦(あし)がある」という報告があったそうです。また、別の記録には「インドには、噛むと砕ける甘い石がある」という記述もあったとか。この当時は、まだ今のようにサトウキビから砂糖を抽出する技術は確定されていませんでしたが、この後から、砂糖はインドから東西へと伝わったとされています。

ハチミツ以外の甘味が発見され世界に広がりはじめましたが、ハチミツと同じく、砂糖は嗜好品でした。当時は薬としても扱われていて、今のようにお茶にいれたり、お菓子を作ったりなどは極一部の豊かな人のみで、砂糖細工などを振舞えるのは貴族のステータスシンボルとしてヨーロッパで確立していました。

貴族のものを庶民も口に出来るようになる。これは強い憧れであり、欲求でした。そして、それを可能としたのが、実は奴隷の存在でした。

砂糖の量産と奴隷貿易

時代はヨーロッパの各国が航海に力を入れ、植民地の数と広さにより国力を広げていった時代。

砂糖を取るのに、まずサトウキビを大量に育てるプランテーションが、植民地で作られました。サトウキビから砂糖を煮詰めて抽出する技術も確立され、効率良く砂糖を作るため、プランテーションと同じ敷地に砂糖工場が作られました。サトウキビ畑に工場、遠い地に連れてこられ過酷な労働条件の下、働いていたのは奴隷です。

結果、砂糖が大量に生産されることとなり、広く安く庶民の生活に溶け込むこととなり、かつ消費者のニーズもあり、当時の貿易を支える商品となりました。当時、サトウキビを持つ商人は貴族より立派で優雅な馬車に乗っていたと言われるほど、砂糖は富を生みました。

サトウキビと甜菜

そして、サトウキビと甜菜の関係も、奴隷の歴史に深くかかわってきます。

サトウキビは熱帯の植物。つまり、育てられる地域が限られています。熱帯の植民地を持たない国は、砂糖を商品として生産することが出来ません。そこで注目されたのが、熱帯以外で砂糖を作れる甜菜です。

熱帯の植民地を持たない国は砂糖の利益にあやかるため、熱帯以外で砂糖を生産できる方法がないか模索しました。その中で、甜菜から砂糖を抽出し商品化する技術が発見され、産業革命とあわせ発展しました。一時、甜菜の砂糖による利益がサトウキビを抜いた時期さえありました。

ただし、甜菜から砂糖を作る技術と資本はサトウキビと比べるとどうしてもコスト高だったらしく、奴隷という安くて大量な労働力を投下し利益を上げられるサトウキビに長く勝てず、原料の座はサトウキビへと戻ってしまいました。

今、私たちが何気なく日々口にしている砂糖。ざっと調べられるところを抜粋してまとめてみたのですが、当初の歴史の歩みでは仕方のなかったこととは言え、想像していなかった歴史にびっくりすると同時に、歴史って身の回りにいくらでもあるかもしれないと、改めて思うのでした。