
東北地方で唯一の専門出版社である無明舎出版。秋田を中心として、東北地方に根ざした書籍づくりを続けているこの出版社に、強い情熱をもった夢我人がいます。
ハイキング、トレッキング、山歩きなど、気軽に取り組むことの出来るアウトドアスポーツが、中高年の方々を中心に近年大きなブームとなっています。中でも特に人気が集まっているのは、日本百名山、四国遍路、古道めぐりなど明確なテーマを持つもののようです。
そして、それらの計画を立てる際に多くの人が利用するのは書籍ではないでしょうか。
今回ご紹介するのは、無明舎出版の編集長、鐙啓記(あぶみけいき)さん。
『目の覚めるような切り口を提案してくれる本』を世に送り出しており、地元秋田をはじめとする東北地方に根付いた出版を続けている夢我人です。
【創業したころの舎屋】
鐙さんと無明舎出版の出会いは、鐙さんが秋田市内の高校生だった頃までさかのぼります。秋田大学近くで始めた古本屋がルーツという無明舎出版の立ち上げ時から、秋田限定の本を作る手伝いをしていました。
その後、鐙さん自身も独立し10年ほど秋田駅前で書店経営を行っていたため、その間は無明舎出版との仕事は途切れます。
しかしながら縁とは不思議なもので、今から15年ほど前に鐙さんは古巣とも呼べる無明舎出版に戻ることになりました。それからの無明舎出版は、地元の秋田から枠を広げ東北をテーマにした本を作るようになっていきます。
そんな編集の仕事を続ける中で、鐙さんは登山家の藤原優太郎氏に出会い、『街道歩き』というものに誘われました。
気軽に参加した街道歩きでしたが、そこには多くの人が様々な想いを抱いて辿った道の姿そのものであると思えるような東北地方の街道。
出会えば出会うほど、知れば知るほど、街道に魅了されました。

鐙さんが街道を歩く目的は、『街道に在るもの』と触れ合うことだといいます。
景色や人をその目で見る。
自然の音や生き物の声に耳を傾ける。
風を感じ、澄んだ空気を吸い込む。
心惹かれたものに触れてみる。
美味しい料理に舌鼓をうつ。
同じ場所・時間を共有した人と心を通わせる。
時を越え、遥か昔にその場所にいた誰かに思いを馳せる。
そのように、鐙さんの悠々歩きは体を動かす以上に『心』を動かしているように感じます。
感覚を研ぎ澄まして、様々な出会いを記憶に刻んでいく。
そうすることで、単に歩いて移動するという行為が掛け替えのない宝物へと変化するのだと、静かに語っているかのようです。
そこには、街道を踏破するという力強い旅とは、少し違った味わいがあります。

街道を歩く中で、鐙さんは何かに興味を持ったときには必ず立ち止まります。
そして新しい出会いがあれば、先を急がず心置きなくその偶然を楽しみます。
そんな鐙さんの姿勢は相手の自然体を引き出し、そうして生じた交流は各地に広がり、鐙さんを核として結びつき、やがてネットワークとなりました。
次第にそのネットワークは広がりはじめ、今では東北地方全体をカバーするほどに発展しています。
長年に渡り東北地方をくまなく取材し、そのネットワークを広げ続けている鐙さんの『最も印象に残っている出会い』を教えていただきました。
それは2007年6月に山形県金山町を訪れたときのこと。
すでに廃校となった学校や改造した蔵を会場として、街道についての交流会が催されました。
この交流会では、郷土の食材をふんだんに使った地元の方々による手料理が振舞われ、その日のために、新たなメニューを考案したという方もいらっしゃったそうです。
その一つ一つに作った方の顔が見えるようなメニューです。
鐙さんはそこで「食」を通じて人々と交流し、打ち解けることができたといいます。
食からはじまった会話の中から、本音での語らいが生まれたのです。
そしてその翌日には、地元の方々と草深い旧街道を歩きながら、街道をより良くするにはどうすべきかを話し合いますが、そこにはすでに不必要な遠慮はありません。
社交辞令や建て前ではなく、深い相互理解のもとで本音の話し合いができたのです。

その話し合いの中で、まず街道を覆ってしまっている草を刈り取ることが決まりました。
草を刈り道がその姿を現せば、今まで止まっていた人の流れが再び動き始め、そのことが地域と地域、人と人をつなぐ本来の役割を果たすのです。
どんなに素晴らしい景色があっても、貴重な出会いが待っていても、人の流れのない場所に向かう人は決して多くはいません。
その点において鐙さんは、金山町の人々との交流の先に、新たな角度から町を活性化する可能性を生み出したと言えるでしょう。

【十三峠街道の雑穀料理】
鐙さんは街道に在るものとの触れ合いを自然なものだと話します。
しかし、簡単に人々と触れ合うといっても、その難しさは想像に難くありません。見ず知らずの人と会話のきっかけを見つけるのは困難ですし、気苦労もあるものです。たとえその後で優しい交流が生まれたとしても、気が引けてしまうことは多々あるでしょう。
しかし、鐙さんによると、そのきっかけとはとても簡単なこと。
それは『食のアドバイスをもらう』、ただそれに尽きるそうです。
その料理に使われている食材を尋ね、作り方を聞いてみる。
それは、料理を作る人にとってはとても嬉しい質問です。
きっと笑顔で答えてくれるはずです。
自分が暮らす土地の料理。
それを美味しいと喜んでもらえること、詳しい説明を求められることは、誇らしく嬉しい気持ちになるものです。
この気持ちこそが、見知らぬ人々との触れ合いのための大切な第一歩なのでしょう。