50年の技巧~餡職人~ | 夢我人No. 佐野 國元さんさん

甘露七福神の田中さんが完成させた『マクロビオティック甘味』の中でも強い人気を誇るのが地元・巣鴨の塩大福からヒントを得た『塩あんみつ』。そのあんみつには不可欠の『餡(あん)』を作り上げる夢我人がいます。

甘露七福神の田中さんが完成させた、『マクロビオティック甘味』。その中でも強い人気を誇るのが地元・巣鴨の塩大福からヒントを得た『塩あんみつ』です。

その人気の味を考案したのは田中さんですが、もう一人忘れてはならない夢我人がいます。あんみつには不可欠の『餡(あん)』を作り上げる職人、佐野さんです。

砂糖を使わない餡…?

甘露七福神「塩あんみつ」

「砂糖を使わない餡を作って欲しい。」

田中さんから依頼を受けた時、半世紀に渡り和菓子と向き合ってきた佐野さんは唖然としました。<餡には砂糖が入ってる、などということは小学生だって知っています。よりによってそんな的外れなことを甘味処の店長が言い出したのです。

よくよく話を聞いてみて、ようやく状況を理解することができました。サトウキビから精白した砂糖ではなく、甜菜糖を使用した餡を作って欲しいのだということ。もちろんどちらも同じ糖分なので、餡を作る上での基本は同じはず。しかし、単純に甜菜糖で餡を作るだけではないのです。

それがたとえ精白糖を用いていないとしても、作り上げるのが『餡』である以上、半世紀という長い期間、和菓子職人、餡職人として仕事に携わってきたプライドがあります。数多い巣鴨の職人の中から、自分を見込んで難題を持ちかけてきた田中さんへの思いもあります。

『ただの甜菜餡』ではなく『素晴らしく美味しい甜菜餡』を作り上げなくてはいけないのです。

戦後、夢を抱いて東京へ

昭和3年11月、静岡県清水市で佐野さんは生まれました。実家は兄である長男が継ぐことになっていたために、佐野さんは和菓子の世界に飛び込むべく10代にして上京します。

終戦からほどなく、深い傷跡を残したままの東京で佐野さんは修行を開始しましたが、休日は1ヶ月で半日だけという生活。布団の代わりに、お菓子の箱を並べてその上で眠るという生活。そんな厳しい毎日が何年も続き、大変に苦しい思いをしました。

そんな苦しい毎日を乗り越え、26歳で見事に独立を果たした佐野さんは、いよいよ一人前の和菓子職人として全力で走りはじめることになります。
 
最初はお客様が少なく、お店の経営自体が難しくなったこともありましたが、決して諦めず、妥協することなく、汗を流して和菓子を作り続けました。

そして少しずつ少しずつ常連のお客様が増えはじめ、やがて地元でも評判のお店となり70歳で引退するまで、多くのお客様の舌を楽しませる和菓子を作り続けてきたのです。

極上の素材への挑戦

餡子職人 佐野さん

そんな佐野さんをしても、前例を聞いたことがない甜菜を用いた餡。

引退してから10年近く、一度も厨房に立ってないという不安もあり、旧知の田中さんからの依頼とはいえ、佐野さんはしばらく躊躇しました。

そもそも甜菜糖がどんなものか知らない内は返事をすることも出来ないと感じた佐野さんは、まず田中さんが最高の素材と自負する材料を見せてもらうことにしました。

小豆、甜菜糖、そして塩。
田中さんのお店の厨房に揃えられた材料を見て、佐野さんは思わず息を呑みました。厨房に揃えられた材料は、自分が今まで使ったこともないような高品質なものだったからです。

小豆と甜菜糖は北海道十勝産の中から、さらに厳選した農家の品。塩は太平洋の孤島、クジラとイルカの住む海。小笠原は父島で作られたこだわりの品。

もちろん佐野さんも決して悪い材料を用いていた訳ではありません。それどころか、予算の枠内で最上の和菓子を作るため、材料は常に良いものを選んできました。

しかし、田中さんが揃えた材料は、採算を度外視しているとしか思えないものばかり。

それらを見ているうちに、佐野さんは心の奥から静かに、しかし確実に興奮が溢れてくるのを感じました。それは職人として身を引く決意をして以来、久しく忘れていた感情でした。

餡を作り上げる上で、それぞれの素材の配分が難しいのは容易に想像できる。少しでも量を誤れば本来の美味しさを損ねてしまうのは間違いないだろう。何しろ全ての材料は自然素材としてすでに美味しいのだ。しかし自分が手を加える以上、よりさらに美味しいものに変化させねばならない。

喜寿を迎えての挑戦。
佐野さんは再び厨房に立つことを決意しました。

完成した甜菜餡と職人の道

餡子職人 佐野さん

数ヶ月に及ぶ試行錯誤の末に、ようやく納得の行く品質の餡が完成しました。できあがった餡を称して佐野さんは「オレがこれまで50年作ってきたどの餡より上。120%の出来だよ。」甘露七福神店主の田中さんも、「これならいける。」と確信しました。

すっきりとした甘さの中に奥深い小豆の味わい。
日本中のどこにも存在しないマクロビオティック甘味のオープンに目処が立った瞬間でした。

佐野さんはおっしゃいます。
「小豆もいい。甜菜糖もいい。でも何と言っても小笠原の塩。これ本当に最高だね。」

朝はボランティアで巣鴨駅前の清掃。昼下がりには近所の仲間と楽しくゲートボール。そんな悠々とした毎日の中で、甘露七福神の厨房に立つ間だけ佐野さんは現役の職人に戻ります。

半世紀に渡り自分の技巧を磨き続け、齢80を越えてなお高みを目指す夢我人。佐野さんの作った餡は今日も甘露七福神で美味しく調理され、巣鴨の街の知る人ぞ知る名物として通のお客様に楽しまれているのです。

そんな佐野さんがお話の最後に加えた一言。
「汗を流した仕事は生きている。価値がある。ま、焦るこたぁない、スローで良いんだよ。」

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熟練の餡職人が数ある中から選んだ塩は、クジラとイルカが戯れる南洋の島で、亡き父の意志を継ぐ若職人が作る塩でした。

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その他情報

  • 甘味処 甘露七福神

    東京都豊島区巣鴨3-37-5
    TEL:03-5394-3694
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