十勝平野の土と共に | 夢我人No. 熊切 利昭さんさん

非常に寒冷な気象条件の下にありながらも、豊富に恵まれた土地資源を生かして栄える農業地-十勝平野。その地に、代々農業を営み「自分の仕事だからね。やればやるほど面白いよ」と笑顔で甜菜を育てる夢我人さんがいらっしゃいます。

十勝平野と甜菜(てんさい)

北海道十勝平野-

北海道十勝・熊切農業

非常に寒冷な気象条件の下にありながらも、豊富に恵まれた土地資源を生かして栄える有名な農業地域。明治時代に本州から移動してきた開拓民が、深い山林や十勝川の氾濫など自然の猛威と直面しながら畑を切り開いてきた地域です。

本州以南に住む方の多くは、十勝といえばジャガイモやチーズなどを連想するかも知れませんが、十勝ではそれらと同じくらい活発に甜菜(てんさい)の生産も行われています。

 

甜菜(シュガービート)の写真

『舌に甘い』と書くこの植物は別名「さとうだいこん(ビート)」とも呼ばれ、その名の通り砂糖の原料となります。日本ではあまり知られていませんが、フランスやドイツなどでは砂糖といえば甜菜糖を指すくらい有名で、腸のはたらきを活発にする天然のオリゴ糖が多く含まれていることから健康食品としても広く使用されています。

日本における甜菜栽培は、19世紀後半に明治政府が種子を輸入したことからはじまり、当初は日本各地で実験的に栽培されていました。やがて本格的に栽培されるようになったのは大正時代以降のことで、耐冷性作物という特性から現在では北海道のみで栽培され、十勝・網走地方を中心に全道で約67,000ha作付されています。

代々受継がれてきた農場

北海道十勝清水町で農業を営む熊切利昭さん。
現在5代目となる熊切農場の場長で、明治時代の十勝開拓民をご先祖に持つ生粋の十勝農家です。

熊切さんと収穫されたばかりのじゃがいも

「代々受継がれてきた農地を耕すことに強い誇りを持っている。」という熊切さんが育てる作物は、特に美味しいと地元でも高く評価されています。

そんな土着農家の長男として生まれた熊切さんは「幼い頃から自分がいつか農場を継ぐんだ。」という思いを抱き、それを一切疑うことなく成長しました。

自分の手で大事に育てた作物が少しずつ成長していく楽しさ。
その作物を収穫する時の喜び。
実際に調理して口にする時の充実感。

農業におけるそういった魅力を自然と知っていた熊切さんは、農業以外に自分の道を見つけようと考えることもなく、また見つける必要性も感じませんでした。そして、幼い頃から父親の仕事を手伝い一片の迷いもなくひたすらに農業の道を歩き続けてきたことで、今ではとても高品質な農作物を生産できるようになったのです。

自然災害にも笑顔で

「自分の仕事だからね。やればやるほど面白いよ。」

笑顔で語る熊切さん

そのように熊切さんは自分の仕事について笑顔で話しますが、良く知られているように農業とは決して楽な仕事ではありません。体力的に大変な仕事であるのは勿論のこと、自分の力だけではどうしようもない『自然の畏怖』という辛さもあるのです。

北海道という土地柄、十勝では台風の影響を受けることはほとんどありませんが、6月になると蝦夷梅雨(えぞつゆ)と呼ばれる雨季が訪れます。天候の影響を受けやすい小豆や金時などの豆類は、熊切さんが数ヶ月に渡って続けた努力にもかかわらず一晩の豪雨で台無しになってしまうことがあります。

また十勝の厳しい冬は、想像もできないほどの積雪量を記録します。そんな冬を乗り越えるべく多額の投資をして作り上げたビニルハウスが、記録的な大雪が降った翌朝にぺしゃんこに潰されてしまうこともあります。

100年以上に渡り十勝の人々が直面して、技術的に大幅な向上を果たした現在に至ってもなお、予想外の事が起こり損害を受けてしまうのです。

熊切さんが育てた小豆

それでも熊切さんは、そんな自然の猛威すら当然の事として受け止めています。被った損害が生活に影響を与えるほど酷いものであっても、それを嘆いて歩みを止めたりはしません。喜びも悲しみもただそこに在るものとして捉え、決して下を向かず前を向いて歩き続けているのです。

いつも通りな特別

そして自分が育てている作物の中でも、熊切さんが特に強い魅力を感じているのが甜菜です。

その魅力とは、ずばり『強さ』。
暑くても寒くても、環境に負けず甜菜が力強く成長を続ける様は、かつて自分の先達が十勝の大自然と共存するために耐え続けてきた様子と重なるためです。

また、大自然への敬意と畏怖は、農業機械への思いやりにも繋がっていきます。熊切さんは大自然と直面した時の自分の力の小ささを何よりも知っているので、仕事の大きな助けとなる機械を心から大切に考えています。日頃のメンテナンスを欠かすことはありませんし、まるで家族や友人であるかのように接しています。

機械の手入れをする熊切さんとホクレンの中山係長
家族と収穫に励む熊切さん

熊切さんが家族と力を合わせて育てた甜菜は、主にホクレン農業協同組合連合会の清水製糖工場で加工されて日本中に出荷されます。そのうちの一つが、東京巣鴨の甘味処『甘露七福神』であんみつとして調理されお客さまに笑顔をもたらしているのです。

甘露七福神での甜菜糖の評判を知った熊切さんは照れくさそうに話します。
 
「オレは親父に教わったことをそのままやってるだけだからなぁ。そんな特別なことしてるわけでもないしな。オレにとっては当たり前のことなんだよなぁ。」

しかし同席して頂いたホクレンの中山係長のお話によると、熊切さんの農業に対するこだわりと情熱は特筆すべきものであり、多くの人に舌鼓を打たせる甜菜糖には理由があるとのこと。

周囲の人々から見れば、特別な努力。
当人にとってはいつも通りの事。
毎日土を耕し、作物の成長を見つめ、収穫を喜ぶ。

苦労の中にある喜びを知り、努力の先にある世界を無意識に知る夢我人。毎日の努力と情熱を『特別なことである』と意識することなく、熊切さんは心を込めていつも通りに十勝平野を耕しています。

「お日様と仲良く遊んだニコニコ元気な十勝の甜菜糖。心を込めて作ってます。良かったら試してください。」
 
お話の最後に申し訳なさそうにこっそり宣伝文句を伝えてくれた人柄が、とてもとても優しく印象的でした。

熊切さん御一家と中山係長

【ホクレンの中山係長(左)と熊切さんご一家(右)】

 

関係のある人達

日本初のマクロビオティック甘味を実現した甜菜糖は、北海道十勝のお陽さまと仲良く遊んで育ちました。

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