昔ばなしの語り部 ~人々に幸せの記憶~ | 夢我人No. 鈴木ワキさんさん

昭和時代に多くの人々の心を温めていた昔ばなし。あれから長い時が経た現在、そんな昔ばなしが疲れた心を和ませる『幸せな記憶』となっている方も少なくないでしょう。民話の里・遠野において、自慢の歌声と共に昔ばなしの語り部を担う夢我人がいます。

言葉だからこそ広がる世界

ワキさんの昔ばなしの最大の特徴は、その語りの中に多くの民謡を含んでいることです。

本来、童歌や民謡は国内を見渡してもひとつのジャンルとして独立しており、
ワキさんの語りに見られるような『昔ばなしと民謡の融合』は大変珍しいものです。

ワキさんが語り部となったのは上述の通り新しいことで、実は遠野においては民謡歌手としてその名を馳せていました。

氷口には、男性の小唄と『曲垣節(まがきぶし)』と呼ばれる女性の小節を同時に朗唱する『御祝』という芸能があり、
ワキさんは語り部である以前に、曲垣節の歌手として岩手県代表になるほどの民謡家でもあったのです。
それを考慮すると、ワキさんの昔ばなしの中に多くの民謡が用いられることは自然なことなのかも知れません。

ただ間違いないのは、民謡を昔ばなしに組み入れることによって、鈴木さんの語りがさらに鮮やかに彩られるということです。

果てしなく広がる想像の世界。
話の舞台になった場所は遠い時間の先、しかし同じ日本という場所。
時の流れに呑み込まれ誰の記憶にも残ることのない人物の生活を、これほど鮮明に蘇らせることができる昔ばなし。
それは口承文学だからこそ表現することができる素敵な物語なのです。


そして、『自分にとっての昔ばなし』について、ワキさんは次のように話してくれました。



自分にとって昔ばなしは、父が残してくれた大切な記憶…。
忘れたくない、いつまでも覚えておきたい優しい父の象徴のようなものだね。

心から消え去ることなく、いつも心を温めてくれていた昔ばなし。
それを今、人々に話して聞かせることが嬉しいよ。
その話を喜んでくれる人がいることが嬉しいよ。

幼き日の幸せな記憶、これからも多くの人に話していきたいと思う。

昔ばなしとは穏やかなるもの。
語る時には怒っていてはいけない。はしゃぎすぎていてもいけない。

昔から大事にされていた日本人の貞節さや奥ゆかしさがそこに隠れているんだよ。
いつまでも大切にしていって欲しいね。




現在はなかなか耳にする機会のない昔ばなしですが、昭和40年代から50年代にかけてはTVやラジオをはじめとした数多くのメディアが昔ばなしを取り上げていました。
核家族という言葉すらなかった当時、食卓を囲みながら家族揃って昔ばなしに耳を傾けたという記憶。
それはふと思い出す度に心が温まる幸せな記憶として、多くの人々が持っているものだと思います。

しかし残念ながら多くの要因により、現代日本から昔ばなしは消え失せつつあります。
それは子どもが成長したときに幸せな記憶となりうる要素の欠落に他なりません。

また昔ばなしそのものが、次世代へと語り継ぐべき民間風俗であることは言うまでもありません。
今を生きる子どもたちの10年後、20年後の幸せな記憶を残すために、この時代にこそ昔ばなしの大切さを再認識する必要があるのかも知れません。

 

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