那須酒造~心を込めて、ゆっくりと~ | 夢我人No. 那須 富雄さんさん

熊本県球磨地方。その地に焼酎が伝わってから五百年の時を越えた今、その歴史とその土地の恵み、支えてくれる人に感謝の気持ちを持って、昔ながらの全面手作りにこだわり、焼酎を造り続ける夢我人がいます。

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熊本県球磨郡。
四方を山に囲まれたのどかな田園風景が広がるこの里に焼酎が伝わったのは、戦国時代であったといわれています。
「球磨焼酎」
幾多の時代を超え、数多の人によって受け継がれてきた伝統的な味と技術は、数百年の時間を経て、その地名を冠することを世界的に認められた数少ないブランドとなりました。

今回の夢我人は、「ずっと飲み続けられる品質を守りたい」という気持ちを込めて、一子相伝のもろ蓋麹法に甕壷仕込みをその手で造り続けている杜氏、那須酒造三代目那須富雄さんです。

大量生産ではなく、時間をかけ作り上げる少量の酒にこだわりを込めることを誰よりも大切にしながらも、ただ一言「ただやってきただけ」と話します。手作りで甕仕込み。昔から同じことをただ続けてきたと簡単に言います。

【銘柄不在の焼酎ブーム】

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近年の焼酎ブームで本物の焼酎を求めるニーズが高まり、ようやく富雄さんの作る常圧球磨焼酎「球磨の泉」も正当に評価されるようになりましたが、いわゆる一昔前の二~三十年前に起こった焼酎ブームの様子は近年のものとは全く違ったものでした。

『雑味なし』
『さっぱり』
『邪魔しない』
これが一昔前にもてはやされた焼酎だったのです。
焼酎好きの方々は、そのブームの実態に軽い失望と驚きを感じるのではないでしょうか。 これは近年の流れのように、焼酎そのものの味を楽しむということではなく、チューハイやサワーというような飲み方が好まれていたということが大きいのです。 その当時では焼酎そのものの味を楽しむ人は、ごく一部でしかなかったように思われます。

今の焼酎ブームは、焼酎自体の味、本物の味を求めるニーズが強いけれど、一昔前にやってきた焼酎ブームは違った。
酔うための酒としての焼酎ブーム。
割り物としての焼酎ブーム。
銘柄なんてものは、あってないようなものだった。

そこには作り手の姿は必要なく、ともすれば「雑味」の一言で片付けられてしまう複雑で奥深い豊かな味わいもその姿を潜めていました。 一昔前の焼酎ブームのときに飲んでいた焼酎の銘柄を一体どれほどの人がその記憶に刻んでいるのでしょうか。

【ファンが支えてくれた球磨焼酎】

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割り物としては、昔ながらの球磨焼酎は失格。 常圧蒸留で作る球磨焼酎は、どうしても雑味があり、味わい深い、個性豊かな酒になってしまう。 彼らが求めていたものとはかけ離れたものだった。 せっかく造っても、売れない。 買ってくれるのは、昔ながらのファンやプロだけ。 そんな状態が続いていた。

現代のようにインターネットが普及する前のお話です。
多くの人はブームに流されるように消費行動が決まっていたといっても過言ではないのかもしれません。 消費者である私たちの気持ちや要求が見えない中では、売り手側の人たちも売れ筋商品以外の在庫はリスクでしかなかったのでしょう。 そのリスクをどこまで背負ってしまうかは、売り手側の匙加減です。 リスクを背負うよりは、大きな動きに沿ったほうが安全という判断を多くの売り手が持ったのは、不思議なことではありません。

お店からでは売れ筋を中心に置かれているだけで、新たな冒険はなかなかできなかったのかもしれません。 そうすると、たとえ焼酎自体の味が好きでおいしい焼酎を探していても、購入先もわからなければ、作っている地域や人たちの情報など手に入らないという状態が目に浮かびます。 多くの消費者は、そこまで熱心に調べることなく、自分の選べる範囲で選ぶことをしていたと思います。 そこには「個」はなく、好みや志向も反映されない、まさしく「時代のニーズ」というような言葉が似合う大きすぎる流れしか存在していなかったのかもしれません。

【「個」が結ばれるとき】

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時代のニーズに逆らうことなく、減圧蒸留の焼酎も作っている。
けれど、常圧蒸留の焼酎を造り続けることはやめられなかった。
時代の流れは減圧でも常圧蒸留の焼酎が好きだったからね。

常圧 球磨の泉を熱燗でいただく。
一番その風味や味を楽しめる飲み方で、チビチビやる。

それがお気に入りだと教えてくださいました。

一昔前は主流ではなかった富雄さんの好みは、時を越えて今、広いエリアで少しずつ、でも確実に支持者を増やしています。 「時代のニーズ」というような大きなくくりではなく、インターネットの普及によって抑えられていた「個」消費の世界にも色濃く現れただけなのかもしれません。

近所やプロの間での口コミは、インターネットを通じ、広い世界での口コミに変わります。 ファンがその存在を明かしてくれます。 そのヒントがあれば、消費者は富雄さんの造る焼酎へとたどり着けます。 本物を造る富雄さんと本物の焼酎を欲しがる消費者が長い時間をかけ、ようやく結ばれたのかもしれません。

【変わっていくもの、変わらないもの】

 

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そんな時代の流れとは関係なく、辛かった一昔前も、今も、富雄さんは変わらない気持ちで焼酎を造り続けます。 五感を研ぎ澄まし、刻一刻と変わり続ける焼酎の気配を気にしながら。 急がずに、ゆっくりと、心をこめて。

お米から麹へ、麹から酒へと、生き生きと次第に変化していく焼酎と対話するように、手を入れていきます。
球磨の自然や美味しい米、焼酎造りの親でもある先代たち、そして、いつの時代もその焼酎を好み支えてくれた人たちに感謝の気持ちを込めながら。

私たちが美味しいと感じるこの焼酎からは、ただのアルコール飲料としての「焼酎」ではない何かを感じます。
それは富雄さんによって丁寧に育てられた焼酎のやさしい気持ちのようにも受け取れます。
そんな気持ちまで温まるような生き物の名前は、さすがに忘れることはできません。
日常生活ですぐ隣に存在する。
人生の節目を一緒に過ごす。
そんな家族の一員のような存在に富雄さんの造る焼酎は、すでになっているのかもしれません。

大切な人たちに美味しいものを届けるために、気持ちを伝えるために、今日も富雄さんは心を込めて焼酎を造り、育てています。

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