
環境省の環境教育推進プロジェクトのイメージキャラクターにもなった、癒し系キャラクター「ハコイヌ」。「ジャビット」(読売ジャイアンツ)など数々のヒットキャラクターを生んできた人気デザイン会社の代表が手がける「ハコイヌ」の誕生秘話と熱い想いとは…。
佐藤 英明(さとう えいめい)
昭和27年秋田県生まれ。イラストレーター。東京のデザイン学校を卒業後、2年間の会社勤務を経て独立。
(株)シュガーを設立、代表取締役に就任。自身が49歳の時、オリジナルキャラクター「ハコイヌ」を制作、ブームを起こす。
TBS本社やたくさんの有名企業が本拠地を置く、赤坂。地下鉄の駅から少し歩いた閑静な通りのビルに、佐藤さんが牽引するアーティスト集団(株)シュガーはあります。すぐ近くには小学校。1階はショールームになっていて、たくさんの子どもたちが学校帰りにウィンドウにへばりつき、目を輝かせながらダンボールで作られた仔犬の「ハコイヌ」を見つめていきます。


四角いダンボールにつぶらな瞳、短くて小さな手足。背景には、板塀に少し汚れた電柱。懐かしい昭和の温かさと大切な思い出が、いっぱい頭に詰まった「ハコイヌ」の世界は、作者である佐藤さんの優しさと愛情にあふれていて、見る人の心をじんわりと癒してくれます。
今や環境省のエコイメージキャラクターにもなった「ハコイヌ」。全国のデパートでの展示会を始め、キディランド原宿店でのヒット、土曜に放映されるTBS系列の人気番組「王様のブランチ」でも取り上げられるなど、星の数ほど生まれては消えるキャラクター産業において、このダンボールの素朴なキャラクターの人気はとどまることを知りません。しかし佐藤さんがその「ハコイヌ」を生み出すまでには、夢を決してあきらめない不屈の精神と、幾多の年月を必要としました。


佐藤さんは昭和27年、自然豊かな秋田県白神山地の麓で生まれました。家は農家で、祖父が牛や馬を鉛筆でサラサラ描く姿を、膝の上に乗って眺め、幼少期を過ごしました。
「お爺さんには、結構影響を受けていますね。それと、親から幼児のときにお絵かき大会で入賞して絵の具セットをもらったんだと聞かされて。絵がうまいと乗せられて、子ども時代からずっと絵を描いていました。それで高校を卒業する時、両親に『東京のデザイン学校に行かせて下さい』って頼みました」
最初は経済的に無理だと反対していたご両親。しかし最終的には田んぼを売って佐藤さんの学費を工面してくれました。佐藤さんは、「親孝行をしよう」と誓い、夜行列車で東京に向かいます。ところが佐藤さんが学校を卒業する時に、2年間猛勉強して夢に見たイラストレーターの就職口はまったくありませんでした。お金を稼がねばならないので、先生に勧められた印刷会社にデザイナーとして就職するも、仕事はスーパーのチラシ作りばかり。佐藤さんは「イラストレーターになりたい」という夢を諦めきれず、3ヶ月で退職してしまいました。しかし望むような就職先はやはりなく、お金が底を尽き、背に腹は変えられず肉体労働を始めた佐藤さん。大切な田んぼを売ってまで東京の学校に行かせてくれた田舎の両親に対して、自分は一体何をしているのだろう、と不甲斐なさと就職口のない現実に苦悩の日々が続きました。
そんなある日、新聞の二行広告にイラストレーター募集の広告を見つけます。お金がなくて電話も持っていなかった佐藤さんは、今まで描いたデッサンやクロッキーをあるだけ封筒に詰め込んで、熱心な手紙と一緒に応募先の会社に送ったのです。
「どうしても入りたくて、面接では『とにかくタダでもいいですから入れてください! 絵を描く方は絶対にがんばりますので』って土下座して頼みこんだんです。そしたら面白いヤツだって入れてもらえることになり、初任給で両親に感謝を込めて反物のプレゼントをしました。今まで『辛かったら田舎に帰って来い』と心配していた父も、それからは一切言わなくなりましたね」
それからまさしく寝食の間を惜しんで休日もクライアントの企画を練り、絵を描く日々を送った佐藤さん。その真摯で情熱的な仕事ぶりから、入社わずか2年目にはチーフに抜擢、クライアントから指名がきて、顔を覚えてもらえるようになりました。

やがて独立し、企画からイラストレーションの製作までを一貫して請け負う(株)シュガーを設立。広告業界では「佐藤さんと組むと企画が通る」と噂がたち、仕事は鰻上りに増えていきました。景気の良さに後押しをされ、次々やってくるテレビCMや広告の企画、イラストレーターのキャスティングに加え経営業……。仕事は多忙を極めました。それまで納得のいく収入を得られなかった佐藤さんは、引き受けた分だけ見返りの得られる仕事に、どんどんのめり込んでいったのです。そうしていつしか佐藤さんは絵を描かなく、いえ描けなくなっていったのです。ふと気がつくと50歳まであと半年という年齢になっていました。
「仕事にもイラストレーターにも囲まれているのに、いつの間にか自分が絵を描けなくて。子どもの頃からお絵描きが好きで、将来は絵を描いてそれをみんなに喜んでもらって、すごいハッピーな人生を送ってるっていうイメージがあったのに、描いていない自分にあれ?!って。東京でオレ何をしてるんだろう。こういう人生を送ったら、子どもの頃に描いていた納得する人生が送れない。人生1回しかないのにおかしいんじゃないかと思いました」
もう一度原点に戻ろうと、決意した佐藤さん。50歳までに、仕事のためではなく自分のためだけに、この先の、人生を一緒に歩める子どもの頃からの純粋な表現を、何か1コ作ることに決めました。
色々と試行錯誤した結果、当時住んでいた団地ではペット禁止だったこともあり、ペット代わりに拾ってきたダンボールで犬を作ってみようと思いつきます。ところが、“大人”の自分が表現の邪魔をして、他人の目を意識したウケようとする、どこかで見たことのあるようなキャラクターしか出てきません。
――子どもに戻らなきゃ。
佐藤さんは、子どもの頃は楽しいからただ絵を描いていた、というシンプルな事実に気がつきます。そして、そんな子ども時代に気持ちを戻そうと努力しました。それでも染み付いた職業病から抜け出すのに、ぎりぎりの誕生日直前までかかってしまいました。そして、修正に修正を重ね、ついに現在のハコイヌが出来上がったのです。
「当時中学生だった私の子どもが、『お父さん、いいよ』って初めて褒めてくれて。それから広告業界とはまったく関係のない人たちからも、すごくいいね、と言ってもらえたんです」
50歳になった自分への贈り物ともいえる「ハコイヌ」を、ショールームの一画に置いたところ、近所の小学生たちが「わー、ダンボールの仔犬だ!」と一斉に群がってきました。いつしか「ハコイヌのおじちゃん」と呼ばれるようになった佐藤さん。自分のために作ったキャラクターでしたが、田舎のお兄さんが役場で環境保全に関わっていたこともあり、子どもたちに大切なことを伝えるために、このキャラクターをもっとみんなに知ってもらいたいと願うようなります。

「素材のダンボールって、日本だと古紙とか再生紙とかでできてて、100%循環してるんですよ。環境の本質っていうのは、植物や動物、地球上のすべての生き物の命のことで、これから先の、生きるっていう、命そのものを考えることだと思うんです。自分たちの命をどう考えるか。今、ゲームは簡単にリセットできるし、プラスチック製で壊れないものがいっぱいあるなかで、ダンボールの仔犬って穴も空いちゃうし、水にも火にも弱いし、全てにおいて弱い。これを玩具として使うには、ペチャンと潰しちゃうかもしれないけど、作った後はすぐに壊さないで大事にしてほしい。そういう行為そのものが、優しい子どもたちを作り出すのかなって思いますね。大きくいうと、今、住んでいる地球を考えることにまでつながると思うんです」
ハコイヌは、確かに生き物ではありません。しかし、とても脆い玩具。そのハコイヌに愛情をそそいで優しくできる、モノを大事にすることのできる心を持った子どもたちが、今よりももっと、もっと増えたら……。
「もし、このハコイヌが日本だけじゃなく、いろんな国を生き延びていくんであれば、家庭も街も国もみんな優しいものになっていくのかなと思うから、世界中に広まってほしいなあって思うんですよ」
はにかむ佐藤さんの瞳は、日本を飛び越えて世界中の子どもたちへと注がれています。
「今、新幹線とか飛行機とか、スピードが大事でしょう。いろんな速いものほど目に見えなくなっていることって、世の中にいっぱいあると思うんだよね。この、紙でできたノロマな弱者の目線を持つハコイヌは、社会を映す鏡だと思うんです。ゆっくり歩くことで、いろんな問題点を映し出してくれて、みんなの心の中に大切なものを植えつけてくれたらいいなあって、本当に思っているんですよ。そして、ハコイヌを通して親子でたくさんのことを語り合ってほしいですね」
命の大切さみたいなものが、このキャラクターから世界中の子どもたちへ届けられたらね、とこれからの夢を語る佐藤さんは本当に楽しそうで、周りにいる人もみんな巻き込んで幸せな気持ちにさせてくださいます。
最後に、佐藤さんにすべての働く夢我人たちへ向けて、メッセージをいただきました。
「人と絡むと我慢をすることいっぱいあるじゃない。全部楽しくて、世の中済めば一番いいけど、我慢をするのって、別の心でちゃんと炎が燃えているからできると思うんです。自分の心の中に、何か1コ、希望でも夢でも、自慢できる負けないものとか、心からの愛とか。みんなと違って自分だけがもっているものだよって炎があれば、頑張れるのかなって。自分を信じてコミュニケーションしてください。人生を面白くするのも、つまらなくするのも、自分の心次第なんですから」

人が大好きだと語る佐藤さん。
代表取締役という肩書きにこだわることなく、我々に自らお茶を出してくださり、そして来店されたお客様には、商品の説明からお会計までこなしています。そんな佐藤さんの誰に対しても分け隔てない優しく朗らかな人柄が、ハコイヌをここまでの人気に押し上げたのだと実感させられます。
何があっても、底抜けに明るくて強い佐藤さんのエネルギー。確かに、赤々と燃える心の炎が見えた気がしました。