モルトへの情熱~Time is Value, not Money~ | 夢我人No. 肥土 伊知郎さんさん

日本のウィスキーは世界の5大ウィスキーに含まれており、その品質の高さは世界中の嗜好家を魅了しています。そんな状況の中で世界の優秀なウィスキーを決定する権威であるワールド・ウィスキー・アワードに選ばれた夢我人を追います。

モルトへの情熱~Time is Value, not Money~ (1/2)

イチローズモルト肥土伊知朗さん

私は当たり前の事を、ただ当たり前にやっているだけですが、単純に『スコッチを作る』という作業であれば、私がやる必要はありません。私という作り手、スタッフをはじめ作業に携わってくれる人々、そして秩父という土地。それら全ての個性を生かすシングルモルトを作っていきたいのです。

穏やかな口調でそのように話してくれたのは、(株)ベンチャーウィスキー社長の肥土伊知郎(あくと いちろう)さん(※以下、Ichiroさんと呼びます)。Ichiroさんは完成を間近に控えた秩父蒸留所を、これまでの経緯を振り返りながら眺めます。

Ichiroさんが作る【Ichiro's Malt】は、世界中ですでに高い評価を得ています。
世界のウィスキー嗜好者のバイブルとも呼ばれる英国発行の『Whisky Magazine』の64号で、『驚きのジャパニーズ・ウィスキー』として4ページに渡る特集を組まれ、同誌内で金賞・銀賞の栄誉を総なめにしました。もちろん国内でもIchiro's Maltは大人気を博し、多くのバーテンダーが出荷量が少ないこのモルトを何とか自分の店に入荷しようと尽力しているほどです。

そのように、今でこそ高い評価をされて世界中に認められているIchiro's Maltですが一度は大切な原酒が廃棄の危機に立たされるなど、その歩みは決して容易ではありませんでした。

数々の困難を乗り越え、常に前だけを見て、己の意志の下に道を作り上げてきた夢我人。肥土伊知郎さんの歩みをご紹介します。

数々の困難とIchiroさんの歩み

Ichiro's Malt エース オブ ハーツ

世界の5大ウィスキーとはどこの国のものを指すかご存知でしょうか。
スコッチ、アイリッシュ、バーボン、カナディアン、そしてジャパニーズ。あまり知られてはいませんが、日本のウィスキーは世界の5大ウィスキーに含まれており、その品質の高さは世界中の嗜好家を魅了していることで証明されています。

そんなジャパニーズ・ウィスキーを代表するのは『サントリー』と『ニッカ』の2大メーカー。サントリーといえば『山崎』や『響』をはじめとした幅広いラインナップとクオリティ。ニッカといえば『余市』や『竹鶴』などに見られるこだわりの味と個性。

どの製品も、ウィスキーにあまり詳しくない人でも知っているほどの知名度を誇っています。

そんな状況の中で。
世界の優秀なウィスキーを決定する権威である【ワールド・ウィスキー・アワード(WWA)の12年熟成以下のベスト・ジャパニーズ・ウィスキー】にIchiroさんが作ったIchiro's Malt カードシリーズのうち『トゥ-・オブ・クラブス(トランプのクラブの2の意)』が選ばれました。

上述の二大メーカーに肩を並べることになったWWAによる受賞は、世界中で話題になるほど本当に驚くべき快挙でした。このことによりウィスキー界のIchiroの名は世界に轟くことになったのです。

羽生蒸留所の閉鎖と解体

イチローズモルト 貯蔵樽

それほどに世界から評価をされるウィスキーを生産した埼玉県の羽生蒸留所。残念なことに現在は存在していません。実は2000年の蒸留を最後に、2004年には閉鎖・撤去されてしまったのです。

もともと羽生蒸留所を運営していたのは、東亜酒造という会社でした。1941年にIchiroさんの祖父が会社を設立し、1946年にウィスキー免許を取得して蒸留所を開いたのです。

蒸留所は祖父から父へと受継がれていきましたが、Ichiroさんは大学卒業後にまずサントリーへ入社します。当時サントリーの会長であった故佐治敬三氏とIchiroさんの父が友人であったというご縁もあっての就職でした。そしてIchiroさんはサントリー社の社員として、東京と横浜で営業の仕事に携わることになりました。

元々Ichiroさんは山崎の蒸留所で働くことを希望していましたが、ウィスキー醸造の仕事に関しては大学院を卒業した修士のみを採用していたためにIchiroさんの希望が叶うことはありませんでした。

そして、その後。
Ichiroさんは父の会社である東亜酒造に戻り、仕事を手伝うことになります。サントリーからも十分な期待を受けていましたが、大企業の歯車よりも自分の個性を生かした仕事をすることを決めたのです。

しかし、その時の東亜酒造は経営的な危機に陥っていました…。

経営危機を乗り越える為に…

イチローズモルト 写真2

Ichiroさんは何とか経営的な危機を乗り越えるために、あらゆる手段を講じました。しかし、Ichiroさんや社員たちの努力もむなしく、蒸留所は関西系の企業に売却されることを余儀なくされてしまいます。

そして売却先の企業は、経営的な観点からウィスキー事業からの撤退を決定しました。日本酒や焼酎などとは違い、ウィスキーは12年や15年といったように貯蔵年数が長くかかるため販売できるまで時間がかかりすぎるというのも理由のひとつだったようです。企業として短期間で販売することができる酒類(日本酒や料理酒など)に焦点を絞ることにしたのです。

その決定を受けて、羽生蒸留所の原酒は期限付きで処分されることになりました。つまり期日までに引取り先を見つけなければ、廃棄されてしまうという緊迫した状況に立たされたのです。

当時のIchiroさんには、原酒を引き取るだけの資本力も、保存するための貯蔵庫も、何もありませんでした。数年後に、世界中の嗜好家に愛されるウィスキーは無に帰される瀬戸際だったのです。

廃棄処分の決定をされていたモルトではありましたが、Ichiroさんはその中に強い特徴と個性を見出していました。それらの可能性を守るべく、自分の子どものように思い入れのあるモルトを守るべく。それからは足を棒にして引取り先を探す毎日が続きました。

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世界的に評価を受けたイチローズモルトの味わいを出す樽(カスク)を作る、80歳の現役洋樽職人さんです!

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