
古酒専門の店で利き酒師として働いていた時、感銘を受けた“Ichiro's Malt”。直感的に「このウィスキーを造っている人と一緒に働きたい」と感じ、その思いを実現させた夢我人さんのお話です。
「…埼玉のウィスキー?これが?」
東京都北区にある老舗『アルビオンズ・バー』で渡部正志さんがはじめてIchiro's Maltを口にした時の感想がそれでした。
当時の渡部さんは古酒専門のお店として有名な、品川の『酒茶論』で利き酒師として働いていました。決して素人ではありません。仕事でもプライベートでもジャンルを問わずに数多くの酒を経験してきました。その中でもかなりの美味しさだと感じたウィスキーが、スコッチではなくジャパニーズ。それも埼玉県で作られたものだと知った時、驚きを越えて感動を覚えました。
その頃、渡部さんは長くお世話になった酒茶論を離れ、酒の造り手として次のステップを踏み出そうとしていました。直感的に「このウィスキーを造っている人と一緒に働きたい」と感じた渡部さんは、秩父のIchiroさんにどうか雇って欲しいという旨の連絡をしました。
【ベンチャーウィスキーを支える人達】
左から門間さん、内堀さん、Ichiroさん、渡部さん
しかしその答えはNO...。
当時のIchiroさんは秩父蒸留所を設置するべくあらゆる模索をしていました。笹の川酒造からカードシリーズとしてIchiro's Maltは販売されていましたが、まだ多くの人を雇う時期ではなかったのです。
そんな状況を理解し、時期尚早だと感じた渡部さんは、日本酒の蔵元で修行をはじめました。それでもIchiro's Maltから受けた衝撃が冷めることはなく、Ichiroさんとは頻繁に連絡を取るようになりました。ウィスキーや日本酒といった酒のジャンルの壁を越えて、『酒の造り手』としてIchiroさんに尊敬の念を抱いていた故です。
そして、最初にIchiroさんに連絡を取ってから1年弱が過ぎた10月に、念願の秩父蒸留所が完成しました。メールのやり取りを続けていた渡部さんは、早速見学を希望して秩父を訪れます。
10月の秩父。澄んだ空気の中に凛と佇む秩父蒸留所。
真新しいポットスチルや乾燥室を見ていると、アルビオンズ・バーで初めてIchiro's Maltを口にした時の感動が蘇りました。蒸留所を見れば見るほど「この場所で働きたい」という思いは強くなっていきます。
蒸留所内でそんな思いに駆られていた時、Ichiroさんから誘いの言葉がありました。これから本格的にウィスキーの製造が本格的に始まろうという折でもあり、熱意のある人材を求めていたのです。
念願叶い、晴れてIchiro's Maltの担い手の一人となった渡部さん。
何年後になるかは分かりませんが、自分の携わったモルトが製品として世に出ることを楽しみに、今日も秩父でひたむきに働いています。