
近年、世界的なシングルモルトブームを迎えて従来の消費国だけでなくBRICsにおいてもその消費量が著しく上昇しています。そんなシングルモルトの存在が認識されていなかった時代に逸早くその魅力を見出し、人生を賭して探求した夢我人がいます。
土屋さんがチベットでフィールドワークを開始するよりもさらに前の1975年。
当時大学4年生だった土屋さんは一人でインドへと旅立ちました。
3年生の終わりに、入学当初から所属していた探検部は引退していましたが、ただの会社員になろうという気持ちはなく、就職活動をしようとは考えていませんでした。
このインドへの旅は、『自分の胸を震わせるほど魅力のある何か』を求めての旅だったのです。
『決められた期限の中で、必ずその何かを見つけてみせる』
心の中にそんな決意を秘め、帰りの飛行機の日付が決まっているFIXチケットを購入し、3ヶ月滞在の予定でインドのボンベイ、ニューデリーに向かいました。
その頃は現在のように充実したガイドマップや旅行案内がある訳もなく、海外においては『いかに情報を収集するか』が大きな鍵となっていました。
そのため、街中で日本人に会えば見知らぬ同士でも互いに情報交換をするのが常で、お互いに情報を提供しあい、次の目的地や泊まるべきホテルなどを決めることが多くありました。
そんなある日のこと。
土屋さんがとあるバザールを見物していた折に、偶然出会った日本人旅行者から『これまで外国人が立ち入ることのできなかった地域に行くことができるようになったらしい…』との話を聞きました。
当時、47年ぶりに解禁されたその場所は、ラダックと呼ばれるインドのジャム・カシミール州最大の地方のこと。
その場所に何があるのかも分かりませんが、『前人未踏』という言葉は探検部だった土屋さんにとって何よりも魅力的な言葉でした。
ニューデリーから気が遠くなるような時間が掛かるということだけ調べて、土屋さんは急いでカシミールへ向かう列車に乗り込みました。