ウィスキー知者 ~There is a will, there is a way~ | 夢我人No. 土屋 守さんさん

近年、世界的なシングルモルトブームを迎えて従来の消費国だけでなくBRICsにおいてもその消費量が著しく上昇しています。そんなシングルモルトの存在が認識されていなかった時代に逸早くその魅力を見出し、人生を賭して探求した夢我人がいます。

遠征隊の編成と多くの協力者

インド滞在の予定を消化し日本に戻った土屋さんは、早速大学でラダックについての報告発表を行い遠征の必要性を訴えました。
大学探検部の中から4人の遠征隊員を募り、何度も何度もミーティングを重ねながら準備は進んでいきました。

しかし遠征隊を組むとはいえ、隊員は土屋さんをはじめ全員が学生です。
遠征費用はもとより、遠征に伴って生じる様々な諸費用を自分たちで負担することなどとてもできませんでした。

そのため遠征を実現するためにはスポンサーを探さねばならず、またそのためには学術的な意味合いの裏づけが不可欠でした。
土屋さんは自分の目で確かめてきた経験を元に、学生とは思えない行動力で協力者を探すために奔走しました。


その結果、著名な文化人類学者である川喜田二郎氏をはじめ、数多くの教授や先生方から好意的な協力を得ることに成功します。
それ以外にも遠征隊の話を聞きつけた他大学の探検部OBや新聞社からの協力も取り決めました。
さらに学習院の桜井院長は政治家の森山欣司氏への紹介状をしたため、日本写真光学機器検査協会(現日本カメラ財団)の理事である氏より、多くの撮影機材の提供を受けるに至りました。
また、国際的な仏教学の権威である中村元氏からも『ぜひ現地で見てきたものを報告して欲しい』との言葉をいただきました。

大学内に止まらず、政治家や新聞社、著名な学者までもを巻き込むことになった遠征隊。
それほどまでにこのラダックの価値について、世界中の学者が注目していたのです。

自分の胸を震わせるほどの何かを求めて、就職活動をせずに旅立ったインド。
その地で土屋さんが見つけた『何か』は、学術的にも文化的にも宗教的にもあらゆる側面で計り知れない価値を持つ、あまりにも壮大なものとなりました。

そして1976年、土屋さんは学習院大学ラダック・ザンスカール遠征隊隊長として4ヶ月間チベットに遠征しました。

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