醤油発祥地の誇り | 夢我人No. 新古 敏郎さんさん

日本の醤油発祥の地として知られる和歌山県湯浅町に、『本物の醤油造り』を続ける夢我人がいます。夢と情熱を抱き、多くの栄誉に驕ることなく、自信の信念を貫いています。

【新古敏朗 湯浅醤油有限会社】

 

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大阪のとある有名百貨店。
数年前、この百貨店の一角で湯浅醤油は扱われていました。
その頃から知る人ぞ知る名品だった湯浅醤油は、順調な売れ行きを見せていましたが、時折、百貨店の担当者から奇妙な連絡が入りました。

「また例の外国の方が全部買っていっちゃったんです。大至急で追加を送ってもらえますか?」

そんな不思議な報告に、製造元の湯浅醤油有限会社の新古敏朗社長はいつも首をひねっていました。

(外国人…?)

鎌倉時代(1245)、法燈円明國師という仏僧が中国から金山寺味噌という味噌を持ち帰りました。
この味噌は健康食として日本でも人気を博して、盛んに醸造されるようになります。

そんな中で湯浅の人々は、味噌を醸造する過程で生ずる『野菜から出る汁の味』に注目し、 改良を重ねて新しい醤(ひしお)である醤油を生み出したと伝えられています。

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そのように日本醤油発祥の地として伝わる和歌山県湯浅町。
この町で「日本一・世界一の醤油を創りたい」という信念を持ち、常に上質な醤油を生み続けているのが、湯浅醤油有限会社社長の新古敏朗さんです。

「日本醤油発祥の地の一員として、日本だけでなく海外の人々にも本当の醤油を知って欲しいのです」
そのように話す新古さんは、日本にも海外にも受け入れられる醤油創りに尽力してきました。

そして新古さんの創る醤油は、世界的に権威のある品評会である『モンドセレクション』で4年連続受賞という快挙を成し遂げたました。

湯浅醤油で造られた醤油が初めてモンドセレクションで受賞したのは2005年のこと。
その後の2006年から2008年も連続して最高金賞を受賞するという栄誉に輝いています。

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新古さんが醤油作りをする際にヒントとしたのは、中国の『斉民要術(せいみんようじゅつ)』という農書。
6世紀前半に編纂されたと伝わる、世界最古の農業専門書であるこの文献には、『醤』と呼ばれる調味料の作り方が記されています。

その独特の製法を用いた新古さんの醤油は、イタリア料理の落合務氏、中華料理の陳建一氏をはじめ、ホテル関連の多くのシェフから支持されるに至りました。
古きをたずね新しきを知る。その温故知新の信念が、今までになく良質な醤油を生んだのです。

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醤油といえば普通、「醤油が素材に勝つ」と言われます。
しかし数多くの料理人たちは新古さんの醤油を、「素材の味を引き立てる柔らかな醤油」と評します。

小皿に醤油を注ぐと、まるで様々な味付けをされた料理のように、芳醇な香りを漂よわせます。
また、口に含むと素材の味を薄く包み込むように優しく、そして礼儀正しく旨味が広がります。

そんな味わい深さは、決して素材を選ぶことはありません。
それこそが、新古さんの醤油が多くの一流シェフに選ばれる理由なのです。

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ドイツ最大の航空会社、ルフトハンザ航空でフライトアテンダントを務めるマークさん。
『世界食べ歩き』が趣味だという彼は、仕事で日本を訪れるたびに大阪の百貨店に足を運んでいました。

その目的は『湯浅醤油』。

以前ベルギーに持ち帰ったこの醤油を知人のシェフに譲ったところ、『素晴らしい醤油だ。是非また買ってきて欲しい』と請われたのです。

しばらくは百貨店で気軽に購入していたのですが、その醤油の味わいはやがてベルギー中のシェフの間で話題になりました。
最初は百貨店で数本買えば十分だったのが、在庫全てを買っても不足するようになり、とうとう取り合いをするまでになってしまったのです。

そのマークさんが、知人のシェフを伴って醤油工場へやって来たのは2007年のこと。

彼の訪問を受け、新古さんは先だっての不思議な売り方に納得がいきました。
また、遥か遠い国から、わざわざ自分の醤油を求めに来てくれるその熱意を心から嬉しく思いました。

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「海外で売られている醤油は、日本の醤油とは違うと思う」

新古さんはそのように話します。
海外の醤油は売れ行きを上げる目的で、現地の人々の味覚に合わせた製造をしているそうなのです。

それに対して新古さんは、海外の人々にこそ本当の醤油の味を、湯浅醤油の味を知って欲しいと強く願っています。
その願いは現実となり、2008年の秋に新古さんはベルギーを中心としたヨーロッパの有名レストランに招かれました。

 少しでも多くの人に湯浅醤油の味を知ってもらい、喜んでもらいたい。
 少しでも多くの人に醤油という商品に向き合ってもらいたい。

今回の新古さんのヨーロッパ進出は、『本物の醤油』を世界に知らしめる第一歩となるに違いありません。

モンドセレクションで最高金賞を受賞し、国内外問わず高い評価を得ながらも、新古さんは歩き続けます。
湯浅人としての誇りと信念を己の中に掲げながら。

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新古さんは話します。

「日本人にとって、醤油ってとっても身近な存在です。
しかし、あまりにも身近すぎて、その製造過程などについてはほとんど知られていないのです。
知られているのは、せいぜい原料が大豆ということくらいでしょうか?

ただ、造り手としてはやはり醤油という製品にしっかり向き合って欲しいと思ってしまうんです。
しかしながら、今さら日本の人々が醤油について深く興味をもつこともないでしょう。

私が海外に目を向けるのは、ここにも理由があるんです。
つまり海外で評価されれば、日本の人々も改めて醤油に興味を持ってくれるんじゃないか、とね」

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そしてその願いは確実に歩を進めています。

『本物だけを造り、届ける』

新古さんの思いと共に、これからも湯浅の町から世界の町へ、『日本の醤油』が飛び立っていきます。

 

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